写真はチョコレート嚢胞の性状を顕微鏡で調べたものです。 嚢胞表面に内膜症の病巣があり、その下部には線維化の層を認めます。 線維化というのは一般的には卵巣が何某かのダメージを受けた場合に生じる変化とされています。 そして線維化層の更に下方には正常卵巣組織が認められます。 やはり、チョコレート嚢胞摘出術により正常卵巣の少なくとも一部は同時に摘出されてしまう可能性があるようです。 では、嚢胞摘出にともなって正常卵巣の一部が同時に摘出されるということが、内膜症嚢胞に特徴的なことなのか、或は腹腔鏡手術に原因があるのかをみてみますと、内膜症嚢胞では開腹手術、腹腔鏡手術に関らず高い率で正常卵巣のlossが生じるようです。 (正常卵巣が同時に切除される割合 開腹:80%、腹腔鏡:65%)一方、非内膜症嚢胞、例えば皮様嚢腫ではその確率は半分でした。 (開腹:41%、腹腔鏡:32%)(Alborzi et al, Fertil, Steril; 2009)
続いて、病理学的検査の文献を見てみると、卵巣機能を温存しつつチョコレート嚢胞を摘出する方法について幾つかヒントが得らえました。 一つ目がチョコレート嚢胞のサイズが大きくなるほど、正常卵巣組織のlossが多くなるということです。 (Roman et al, Hum. Reprod; 2010)この事実はチョコレート嚢胞のサイズが小さい状態での手術が望ましいということを示唆します。 一般的にはチョコレート嚢胞摘出術は嚢胞サイズが4cm以上である場合に推奨されますが、4cmより小さい状態での手術を考慮すべきかもしれません。 また、術前に経膣的に嚢胞を穿刺して嚢胞を縮小させることも有効かもしれません。 北里大学産婦人科ではチョコレート嚢胞が大きい場合、4週間毎に嚢胞穿刺を繰り返し、嚢胞が2cm以下になったところで腹腔鏡手術を施行する方法を施行し、再発率30%、術後妊娠率を63%と報告しています。 術前の嚢胞サイズが小さいほど、再発が起こりにくいという結果も 得られたようで、嚢胞が小さい状態で手術を行う妥当性を強く示しています。 残念ながら、卵巣機能への影響については検討されてないようでした。(Ogino et al, Obstet. Gynecol. Therapy; 2011)二つ目は、嚢胞の底部(卵巣門近傍)では、卵巣組織のlossが起こりやすい反面、嚢胞辺縁部ではlossが起こりにくいということです。 (Ludovico et al, Hum. Peprod; 2005)
改めて、これまで施行したチョコレート嚢胞摘出術ビデオを見てみますと、卵巣門近傍では強い線維化により嚢胞と卵巣実質が固着していることがわかりました。
そのため、剥離操作により卵巣実質のlossが多くなるばかりか、卵巣から強出血を来して過強な止血操作を余儀なくされることで、更に卵巣にダメージを与えていることもわかりました。
以上の2点を考慮して、チョコレート嚢胞摘出術を施行する際のちょっとした工夫を考えました。
まず、正常卵巣への影響が少ない辺縁部では通常の剥離を行います。
一方、卵巣門近傍では剥離を行わずに、電気メスにて嚢胞と卵巣実質の間を切開します。
この際、嚢胞に付着している線維化層の部分を切開すれば、卵巣実質のlossが予防できると思われます。
現在、当科ではこの新しい術式を用いて腹腔鏡下チョコレート嚢胞摘出術を施行しています。
新しい術式に変更して明らかに実感したことは、術中の出血量が激減したことです。
先述したようにこれまでは、卵巣門近傍での剥離によりしばしば難止血性の出血を来していましたが、剥離の代わりにモノポーラで鋭的に切開することでほとんど出血することはなくなりました。
摘出した嚢胞壁の病理学的検査では、辺縁部では確かに卵巣実質が同時に摘出されることは少ないようです。
一方、卵巣門近傍では、表面の内膜症病巣は辺縁部に比較して薄く、逆に線維化層が厚い印象でした。
線維化層の下部が熱により変性しており、丁度適切な部位を切開できていることがわかりました。